WSPEEDI特報で「放出量」を「濃度」と誤記

2012年5月9日検証レポートメディア:, ジャンル:テーマ:

≪検証レポートNo.3≫
東京新聞は、WSPEEDIの未公表予測を特報したが、「福島第一原発からの放出量」と書くべきところを「濃度」と記していた。WSPEEDI予測文書に基づいて報道の正確性を検証した。

時事通信の誤報は東京新聞第一報の後追い

時事通信の2012年4月3日配信「千葉で『10兆ベクレル』未公表=昨年3月、世界版SPEEDI試算」の誤報は、もともと東京新聞2012年4月3日付朝刊の独自記事を後追いしたものだった。

しかし、元の東京の記事も、試算結果の説明に不十分、不正確な点があった。

記事の根拠となった日本原子力研究開発機構の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴うWSPEEDI-Ⅱによる放出率推定結果」と題する2011年3月15日付文書(以下「JAEA文書」という)をもとに検証する。(i)

『世界版SPEEDI 「全部公表」データに穴』『文科省と安全委 責任の押しつけ合い』

 

東京電力福島第一原発事故の際、文部科学省の依頼で日本原子力研究開発機構(原子力機構)が放射性物質の拡散を予測した「世界版(W)SPEEDI(スピーディ)」の試算結果の一部が、一年以上たった今も公開されていないことが分かった。緊急時に原発周辺への拡散を予測する国内版の「SPEEDI」と同様に公表対象だが、試算結果が原子力安全委員会に送られたため、依頼主の文科省と安全委のどちらが公表するか宙に浮いたままになっている。

未公表となっているのは、東日本大震災から五日目の昨年三月十五日に行われた試算結果。本紙が独自に入手した原子力機構の説明書によると、千葉市で観測された放射性物質の濃度を基に、WSPEEDIを使い一時間当たりの放出量を推定した。

試算によると、千葉で観測された放射性物質は三月十四日午後九時ごろに放出され、濃度はヨウ素が毎時一〇テラベクレル(一テラは一兆)だった。十五日朝に房総半島まで広がったとみられる。原子力機構は添付文書に「計算の精度は比較的高い」と記している。

濃度はピーク時の千分の一程度だった。

(以下略)

(東京新聞2012年4月3日付朝刊1面トップ、5段)

東京新聞第一報

 

何からの放出量を予測したものかが判然としない

報道されたJAEA文書は、2011年3月14日午後9時ごろに、福島第一原発1号機と3号機から放射性物質が放出されたときの放出率(1時間あたりの放出量)を推定した結果を記載したものである。

ところが、東京の記事は、本件文書の趣旨について「千葉市で観測された放射性物質の濃度をもとにWSPEEDIを使い一時間当たりの放出量を推定した」としており、「何からの放出量なのか」が明記されていないため、正確に理解するのは容易でない。

本来は、「千葉市で観測された放射性物質の濃度をもとにWSPEEDIを使い福島第一原発からの一時間当たりの放出量を推定した」と表現すべきであった。

 

「濃度」は「放出量」の間違い

報道されたJAEA文書は、2011年3月15日午前6~7時に千葉市で観測された放射能測定結果(具体的には、ヨウ素131が6.798Bq/m3、セシウム137が0.5284Bq/m3、セシウム134が0.4566Bq/m3)に基づき、これらの放射性物質が福島第一原発から放出されたと推定される3月14日午後9時に遡って、1時間あたりの放出量を推定したものである。

ところが、東京の記事は、「試算によると、千葉で観測された放射性物質は三月十四日午後九時ごろに放出され、濃度はヨウ素が毎時一〇テラベクテル(1テラは1兆)だった」と、ここでも「何からの放出なのか」が明記されていないうえ、「放出率」もしくは「1時間あたりの放出量」と書くべきところを「濃度」と間違えている。

これでは、千葉で高濃度放射能が観測もしくは推定されたかのように誤解される可能性がないとはいえない。(ii)

本来は、「千葉で三月十五日午前六時ごろに観測された放射性物質濃度をもとに、それが福島第一原発から放出された三月十四日午後九時ごろの放出量を推計したところ、ヨウ素が毎時一〇テラベクテル(1テラは1兆)だった」と表現すべきであった。

同様に、「濃度はピーク時の千分の一程度だった。」という部分も、正確には「この時点の福島第一原発からの放出量は、ピーク時の千分の一程度だった」と表現すべきであった。

このように、東京新聞の第一報は、明確な「誤報」とはいえないものの、不適切な用語を用いるなど正確さを欠いていたといわざるを得ない。

▼未公表になっていた日本原子力研究開発機構の文書。東京新聞の報道から10日後、文部科学省ホームページ上で公表された。

 

時事の「訂正・差替え後の記事」にも疑義

時事は、2012年4月4日配信「千葉で『10兆ベクレル』未公表」の記事を「誤報」と認めたうえで、「正確な記事」として差替え記事を配信した。

しかし、この差替え後の記事にも、正確性に疑義が残っている。

『「ヨウ素10兆ベクレル」未公表=世界版SPEEDI試算-文科省、安全委連携不足』

 

東京電力福島第1原発事故で、昨年3月15日、放射性物質の拡散予測データ「世界版SPEEDI」の試算結果で、千葉市内で計測されたヨウ素を基に推計した同原発からの放出量が毎時10兆ベクレルという高い値が出ていたにもかかわらず、文部科学省と原子力安全委員会の間で十分な連携が取られず、現在も公表されていないことが3日、分かった。

文科省や安全委によると、世界版SPEEDIは放出される放射性物質の拡散状況を半地球規模で予測するシステム。日本原子力研究開発機構が同システムを運用しており、昨年3月も文科省の依頼を受け、試算を行っていた。

それによると、昨年3月14日午後9時ごろに福島第1原発から放出されたヨウ素の量は毎時10兆ベクレル、セシウム134、137もそれぞれ同1兆ベクレルと推計された。

(以下略)

(時事通信2012年4月4日12時25分配信)

時事訂正記事

 

「高い値」?実際はピーク時の1000分の1

差替え後の記事は、見出しが『「ヨウ素10兆ベクレル」未公表』となっているが、本文リードは「毎時10兆ベクレルという高い値が出ていた」という表現を踏襲している。

この見出しを見ただけでは、「10兆ベクレル」という数値が何の数値なのかが全く読み取れず、一見すると極めて高濃度のヨウ素が観測もしくは拡散予測されたかのような印象を与えるおそれがある。

本文リードを読めば、この数値が原発からの1時間あたりの放出量であることが読み取れるものの、格別に「高い」値であるかのような印象を与えるおそれがある。

しかし、福島第一原発からの放出量のピークとされる3月15日には、最大で1時間あたり1京ベクレルと推定されていた。(iii)(iv)

つまり、「1時間あたり10兆ベクレル」という放出量は、平常時からすれば異常に高い数値であるものの、原発事故のピーク時点からすれば1000分の1の放出量であり、必ずしも高い数値ではなかったのである。

情報源が著しく不透明

東京の第一報は、「本紙が独自に入手した原子力機構の説明書によると」と明記しているため、未公表となっている一次資料を入手して、その内容を報じたことがわかる。

ところが、時事の場合は、まず本文リードで「…公表されていないことが3日、分かった」としか書かれていない。

その後の文章からも、時事がどのような経緯で本件文書の内容を掴んだのか、どのようにして裏付けを取ったのか、なぜ誤報に至ったのかが判然とせず、不透明さを残すものとなっている。(v)

 


notes

(i) この文書は、東京新聞の報道当時は未公表だったが、文部科学省が2012年4月13日にホームページ上に公開した。

(ii) 放射性物質「濃度」は「1リットルあたり」「1立方メートルあたり」「1キログラムあたり」というように、容積や質量との関係で定まるものであり、「毎時」という表現は使わないが、記事を読んで「濃度」と「毎時~ベクレル」の矛盾に気づくことは必ずしも容易でないと思われる。現に、後追いした時事通信の記者は東京の記事から誤解が生じたのではないかと推測される。

(iii) 原子力安全委員会は2011年4月11日、同年3月15日の福島第一原発からの放射性物質放出率が1時間あたり最大1京ベクレル(1万テラベクレル、10の16乗)との試算結果を明らかにしている(共同通信2011年4月12日)。日本原子力研究開発機構の試算結果(原子力安全委員会資料)も参照。

(iv) この点は、東京新聞の第一報が「濃度(引用者注:正確には「1時間あたりの放出量」もしくは「放出率」)はピーク時の千分の一程度だった。」と注記しているとおりである。そのため、見出しでは、数値は出しておらず、記事でも高い数値とは言っていない。

(v) 日本では特段の理由もなく情報源を明示しない報道が少なくないが、報道の正確性・信頼性という観点からは問題がある。藤田博司著『どうする情報源 報道改革の分水嶺』リベルタ出版、2010年参照。

【関連】

「千葉でヨウ素10兆ベクレル」と誤報

<配信>
2012/5/9 03:45

<変更>
2012/5/11 00:20
※表題を「東京新聞第一報も正確性に疑義あり」から「東京新聞第一報も『放出量』を『濃度』と誤記」に変更しました。

<変更>
2012/8/1 –:–
※表題を「東京新聞第一報も『放出量』を『濃度』と誤記」から「WSPEEDI報道で『放出量』を『濃度』と誤記」に変更しました。