「江沢民氏死去」 誤報検証記事にも誤り

2012年8月28日誤報レポートメディア:ジャンル:,

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【産経】 2011/10/10朝刊3面「『江沢民氏死去』報道の経緯について」
産経新聞は中国の前国家主席・江沢民氏が死去したとの誤報を出した経緯を検証した記事で、死去を報じる際に前もって病院に目立った動きがないとの情報を確認していたとか、中国当局が死去を否定したとの情報を大阪版夕刊の第一報の後に得たなどと、事実と異なる説明をしていた。

産経新聞は、2011年10月10日付朝刊で、中国の前国家主席・江沢民氏が10月9日北京で開かれた辛亥革命100周年記念大会に出席したことが確認されたとして「江沢民氏死去」を報じた記事を取り消し、「おわび」記事と「『江沢民氏死去』報道の経緯について」と題する検証記事も掲載した。その中で、7月7日付電子版号外と大阪版夕刊で「死去」を報じた際、前もって病院に目立った動きがないとの情報を得ていたとし、「脳死」の情報も伝えたとした。また、大阪版夕刊で死去を報じた後に、中国当局が死去を否定したとした。

しかし、実際は、当初、病院で厳戒態勢が取られているかのように報じ、その後に「病院に目立った動きがない」との情報を得て記事を差し替えていた。「脳死」の情報も当初は報じておらず、差し替え後の記事に追加された情報だった。中国国営新華社通信が死去を否定したとの情報も、7日付大阪版夕刊で既に報じられており、その後に入った情報ではなかった。

産経新聞は、訂正記事を出していない。(i)


「『江沢民氏死去』報道の経緯について」

 

中国の江沢民前国家主席について、産経新聞は7月7日付号外(電子版)などで「死去」と報じました。しかし、同氏が今月9日、北京で開かれた公式行事に姿を現し、健在が確認されたことで、本紙の誤報が明らかになりました。報道までの経緯を説明します。

江沢民氏は、長らく公式動静が途絶え、健康不安説が強まっていました。7月1日に北京の人民大会堂で開かれた中国共産党の設立90周年を記念する節目の大会にも、江氏は出席しませんでした。

7月6日には、香港のテレビ局ATVが、江氏は「病死した」と報道しました。これと前後して、江氏の「死去」に関する情報が飛び交う状態となり、本紙も江氏の動静に関する情報の確認を進めました。

中国内外で取材した結果、本紙は、病気療養中だった江氏が「6日夕、北京市内の病院で死去した」とする情報を有力な日中関係筋などから得ました。一方で、北京からは、江氏の入院先とされた人民解放軍総医院(301病院)に目立った変化がないなど、「死去」に否定的な情報が入ってきていました。

東京編集局で情勢を全般的に分析した結果、江氏が「死去」したと判断し、7日の号外(電子版)と大阪本社発行の夕刊で、「江沢民氏が死去」と報道しました。あわせて、関係者が「脳死」と話していることも伝えました。

その後、中国国営新華社通信(英語版)が7日、江氏の「死去」報道を「完全な噂だ」と否定しました。中国外務省の報道官も同日、「新華社の報道がすでに十分説明している」と語りました。これを受けて、本紙は8日付朝刊で、こうした否定情報を盛り込み、号外など最初の断定的なトーンを「死去説」へと和らげて報じました。

本紙はその後も江氏の動静について取材を継続し、7月13日に行われた上海の元指導者の葬儀に江氏の花輪が確認されるなど、存命を示す情報も、紙面で伝えました

しかし、それ以降は江氏の動静を伝える情報がなく、安否が明確になった段階で経緯を説明するとの方針を決めていました。

結果的に、今回の報道では、情報をより精密に確認する慎重さが足りなかったことで、誤報を招いてしまいました。

斎藤勉・産経新聞社専務取締役(編集担当)の話 「中国の江沢民前国家主席『死去』報道について、読者と関係者の皆様に多大なご迷惑をおかけしたことをおわび致します。今後は再発防止に全力をあげるとともに、皆様の信頼に足る、より正確な報道に努めて参ります」

(産経新聞2011年10月10日付朝刊)

 


  1.  死去の第一報を出す際に前もって「病院に目立った動きがない」との情報を確認していたわけではなかった

  2. 当初の電子版号外には「脳死」の情報は入っていなかった

  3. 新華社通信が死去を否定したとの情報は大阪版夕刊で報じていた


1.死去の第一報を出す際に前もって「病院に目立った変化がない」との情報を確認していたわけではなかった

 

産経の検証記事は、江氏死去の情報を有力な日中関係筋などから得た一方で、入院先とされた人民解放軍総医院(301病院)に目立った変化がないなど、「死去」に否定的な情報を得ていたとしたうえで、東京編集局で情勢を全般的に分析した結果、江氏が「死去」したと判断し、7日付電子版号外と大阪版夕刊で報じたとしている。これによると、産経は、「死去」を報じる際に、前もって「病院に目立った変化がない」との情報を得ていたことになる。

しかし、産経は、7日午前9時43分にニュースサイト及び電子版号外で「江沢民氏死去」の第一報を出した当初、「遺体が安置されている人民解放軍総医院(301病院)では厳戒態勢が取られ、共産党、政府、軍の要人が次々と訪れている」と伝えていた(以下「第一報」とは、この最初に掲載された「死去」の記事をいう)。しかもこの情報は、数時間後に差し替えられた電子版記事で削除され、以後の記事では病院の動静に関する情報が全く掲載されなかった。

▲MSN産経ニュースに2011年7月7日9:43に掲載された第一報。当初、遺体が安置された病院で厳戒態勢が取られているなどと、事実と異なる報道をしていた。

 

産経は、病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった、「死去」報道の信ぴょう性を高めるはずの重要情報を、第一報から数時間後に削除していた。(ii)(iii)
他方で、産経は、検証記事で、北京から「病院に目立った変化がない」との情報を得たこと自体は認めている。このことから、産経が当初の第一報からこの情報を削除したのは、病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった情報が事実でないとの判断があったとみるのが自然である。

もっとも、これだけなら当初の第一報が誤っていたというだけのことにすぎない。
問題は、事前の取材で「病院に目立った変化がない」との情報を得ていながら、何らかの手違いで病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった情報を掲載したまま報じてしまい、その後にミスが判明して、削除したのか。
それとも、事前に病院を直接取材せずに、病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった情報を報じ、その後の取材で「病院に目立った変化がない」との情報を得て事実の誤りに気づき、削除したのか、である。
この点、産経の検証記事は、事前の取材で「病院に目立った変化がない」との情報を確認していたかのように説明している。
仮に、そうだとすると、記事冒頭のチェックを怠り、事前の取材で得た情報と正反対の情報を載せたまま、報じてしまったことになる。
号外を出すような極めて重大な報道を行う際に、記事冒頭の情報が事実と異なることを見逃して、誤って号外を出す可能性も全くないとはいえないが、極めて低い。加えて、当機構が産経の関係者に接触したところ、産経が実際に「病院に目立った動きがない」との情報を確認したのは第一報の前ではなく、その後であったとの証言を得た。
この証言によると、産経が「死去」の号外第一報を出した直後に、北京駐在記者が病院の現場を取材したところ、病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった情報が事実でないことが判明し、記事が急きょ差し替えられたという。
この証言内容を詳しく明らかにすることはできないが、記事差し替えの詳細な事情を知り得る立場の者からの極めて信用性の高い情報であり、事実と認めてさしつかえない情報である。
つまり、産経は、当初、北京駐在記者による病院の取材を怠ったまま、病院の厳戒態勢や弔問客の訪問といった「死去」を裏付けるかのような重要な情報を、事実であるかのように報じてしまったことになる。

したがって、第一報を出す際に前もって「病院に目立った変化がなかった」との事実を確認していたかのような説明は、明らかに事実と異なる。


▲MSN産経ニュースで2011年7月7日12:17までに書き換えられた記事。サイトに掲載された第一報から、冒頭にあった病院の厳戒態勢などの情報が削除され、代わりに「脳死」説が付け加えられていた。

 

2.当初の電子版号外には「脳死」の情報は入っていなかった

 

産経の検証記事は、2011年7月7日の電子版号外と大阪版夕刊で死去を報道した際、あわせて、関係者が「脳死」と話していることも伝えたとしている。

しかし、7日午前9時43分ころ「死去」を速報したニュースサイト及び電子版号外の記事には当初、関係者が「脳死」と話しているとの情報は入っていなかった。(1)江氏の死去を速報したニュースサイト及び電子版号外の記事は、掲載から数時間後に差し替えられ、「関係者は『脳死』と話している。」との一文が付け加えられた。(iv)

したがって、江沢民死去の第一報を出した当初から「関係者が『脳死』と話している」との情報を伝えていたかのような説明は、明らかに事実と異なる。(v)

 

3.新華社通信が死去を否定したとの情報は大阪版夕刊で報じていた

 

産経の検証記事は、7日付電子版号外、大阪版夕刊で死去を報道した後に、中国国営新華社通信が「完全なうわさだ」と否定し、それを受けて翌日の東京版朝刊を報じたとしている。

しかし、新華社通信の「完全なうわさだ」との配信は7日昼ごろには出ており、産経の大阪版夕刊でも、共同通信の原稿を使って報道していた。

したがって、新華社通信の報道が大阪版夕刊の後に出たかのような説明は、明らかに事実と異なる。

▲2011年7月7日付大阪版夕刊に掲載された、国営新華社通信の報道を伝える共同通信の配信記事。

 

 

〔参考〕 江氏存命につながる情報もほとんど報道していなかった

 

産経の検証記事は、「上海の元指導者の葬儀に江氏の花輪が確認されるなど、存命を示す情報も伝えました」とし、「死去」報道後も継続的に江氏の存命を示す情報を報道していたかのようにも読める。

たしかに、産経は、7月14日付朝刊で、上海の元指導者の葬儀に江氏の花輪が確認されたとのニュースについて報道しており、存命を示す情報を全く伝えなかったわけではない。
しかし、14日付の記事は共同通信の上海発の原稿のまま報じたにすぎず、産経独自の記事ではなかったし、それ以降、おわび記事を載せた10月10日まで、江氏の存命に関連する報道は一つも確認できなかった。

▲産経新聞2011年7月14日付朝刊の国際面に掲載された共同通信の記事

また、産経の検証記事は、「それ以降は江氏の動静につながる情報がなく」としているが、江氏の花輪が確認されたニュース以外にも、下記のとおり、江氏の存命を示す有力な情報が複数あった。しかし、いずれの情報も、産経は報じていなかった。

  • 江沢民氏死去を最初に報じた香港テレビATV(亜州電視)は、7月7日夕方に誤報を認め、報道撤回と謝罪を表明していた。これは香港ATVが江氏存命の確かな情報を入手し、事実誤認と判断した可能性を示している。産経は7日付朝刊の北京発の記事で、香港ATVなどが死去を報じたが情報が錯綜していると冷静に報道していたが、7日夕方の謝罪表明について続報を出さなかった。
  • 7月9日には江沢民氏の長男である中国科学院副院長の江綿恒氏が内モンゴル自治区で開かれたフォーラムに出席していた。(2) この情報は、江沢民氏が死去していないことを示す重要な状況証拠とみられていた。
  • 香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが7月13日、江氏が6月中に退院し自宅療養していると報じた。(3) 中日(東京)新聞も7月14日付朝刊でこの報道を引用しつつ、「北京の消息筋」の情報として、江沢民氏が自力で歩くまでに回復したと報じた。
  • 9月5日には、香港テレビATVの梁家栄・副総裁が辞任し、同月19日に開かれた香港立法会(議会)の特別会議で、梁氏は「誤報の全責任を負う」と表明していた。(4)(5) 産経は、前述の7月7日の謝罪表明と同様、続報を出さなかった。

以上のとおり、「死去」報道後も江氏の動静にかかわる重要な情報はいくつもあったが、産経は7月14日付朝刊の共同通信の記事以外に報じていなかった。
産経の検証記事は、あたかも江氏存命につながる情報を継続的に報道していたかのように説明しているが、必ずしも正確とはいえない。

 

▲香港ATVが江氏死去を速報した2011年7月6日夕のニュース番組。

 

▲産経新聞7月7日付朝刊の北京発の記事。この朝刊が配られてからまもない7日午前中に、電子版で「死去」が報じられた。

 

▲7月7日夕方に香港テレビATVホームページに掲載された報道撤回と謝罪の声明。現地で大きく報じられた。

 


notes

(i) 産経新聞は、大阪版は朝・夕刊を発行しているが、東京版は朝刊のみ発行している。したがって、江沢民氏死去の第一報は、大阪版では夕刊で、東京版では朝刊で掲載された。

(ii) 産経の「死去」報道の情報源は、記事の上では、唯一「日中関係筋」としか示されておらず、病院の動静に関する情報は、この「日中関係筋」の情報を裏付ける重要な状況証拠として位置づけられていた。

なお、この「日中関係筋」の情報源は、東京本社の上層部がもっていたと報じられている(週刊文春2011年7月21日号「『江沢民死去』産経“独自スクープ”の『ネタ元』」、週刊朝日「産経新聞2011年7月29日号「江沢民氏『死去』報道 どうする!? ”鶴の一声”の後始末」)。

(iii) 削除された代わりに、関係者が「脳死」と話しているとの情報が付け加えられた。しかし、「脳死」は「死去」と区別して扱われるのが通常であり、「死去」報道とは必ずしも整合しない。削除された病院の動静情報よりも「死去」の信ぴょう性を高める情報でもない。「死去」報道にとって重要な病院の動静情報を削除したことは、事実誤認が事後的に判明したことを意味する。

(iv) 記事の差し替えは、元の原稿に上書きされる形で行われ、配信時間も元の原稿の「9:53」のままだった。記事を差し替えたことは、読者に対して全く説明されなかった。

(v) 「死去」を報じた7日付大阪版夕刊に入れられた「脳死」説は、8日付東京版朝刊になると消え、代わりに「心肺停止状態の江氏に“延命工作”を施している可能性もある」との記述が追加されていた。しかし、この「心肺停止状態」「延命工作」の説に至っては全く情報源への言及がない。

 

source

(1) MSN産経ニュースに2011年7月7日午前10時53分時点で掲載されていた「江沢民氏死去」を報じる記事

(2) 人民日報2011年7月9日「中国科学院副院长江绵恒出席论坛并演讲」

(3) South China Morning Post2011年7月13日「Jiang rested at home as media reported his ‘death’」

(4) 香港立法会2011年9月19日資訊科技及廣播事務委員會特別會議(項目4参照)

(5) 読売新聞2011年9月6日付夕刊2面「『江沢民氏病死』で辞職」、朝日新聞2011年9月6日付朝刊13面「『江沢民氏 病死』誤報で辞任 香港のテレビ局幹部」、同年9月20日付朝刊8面「引責辞任の幹部 情報源は言わず 江氏死去の誤報問題」

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<初掲載>
2012/8/28 21:30

<加筆>
2012/9/3 04:40
※注釈(ii)(v) と「〔参考〕江氏存命につながる報道もほとんどしていなかった」(出典(2)~(5)を含む)を加筆しました。