「待機児童概念なくなる」 答弁存在せず

2012年7月27日誤報レポートメディア:ジャンル:,

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【東京】 2012/6/8朝刊・連載「どうなる保育改革」第3回
政府が進める保育制度改革で厚労相が「待機児童という概念がなくなる」と国会答弁し、「自治体に申し込む制度がなくなる」「待機児童数が把握しにくくなる」と報じられた。しかし、そのような答弁は存在せず、新制度でも自治体への申請手続やあっせん等のしくみが設けられていた。

東京新聞は、2012年6月8日付朝刊1面で、連載記事「どうなる保育改革」第3回として「危うい待機児童解消」の見出しをつけ、国会で審議中だった政府提出の「子ども・子育て新システム」法案について取り上げた。その中で、小宮山洋子厚生労働相が国会で「待機児童という概念がなくなる」と答弁したと報じた。
また、発言の「真意」について「自治体の保育義務がなくなる」「自治体に申し込む制度そのものがなくなる」などと説明したうえで、「待機児童数が把握しにくくなる」との見解を報じた。

しかし、小宮山厚労相が国会で「待機児童という概念がなくなる」と答弁していた事実はなかった。
また、新制度では、市町村は新システムの実施主体としての「責務」が規定され、保護者は市町村に対し保育の必要性の認定を受けるための申請を行うと同時に入所希望も申し込むことになっていた。

東京新聞は、訂正記事を出していない。

 


original

連載「どうなる保育改革」第3回 『危うい待機児童解消』

 

…(略)…
待機児童解消を考える今国会。「待機児童という概念がなくなる」と、小宮山洋子厚生労働相が答弁した。
厚労省の担当者に真意を尋ねると、「自治体に申し込み、保育所に入れなかった子どもが待機児。(自治体の保育義務がなくなる)新システムでは、自治体に申し込む制度そのものがなくなる。だから、待機児という概念も消える、ということ」と説明した。
「待機児童数が把握しにくくなると、政府や自治体は責任をとらなくなるのでは」と、社会保障に詳しい鹿児島大学の伊藤周平教授は疑問を投げかける。「新システムは本当に、待機児の解消を目指す制度なのだろうか」

(東京新聞2012年6月8日付朝刊1面)


evidence
  1. 小宮山厚労相は「待機児童という概念がなくなる」とは答弁していない

  2. 市町村は新システムの実施主体としての責務が明文化され、一定の場合は保育義務も課せられることになっていた

  3. 保護者は市町村に対して保育の必要性の認定を受けるための申請を行い、入所希望を申し込むことになっていた


1.小宮山厚労相は「待機児童という概念がなくなる」とは答弁していない

原報道は、小宮山厚労相が今国会で「待機児童という概念がなくなる」と答弁したと報じている。
しかし、国会議事録検索システムにより、今国会(第180国会)における小宮山厚労相の答弁を精査したところ、このような発言は存在しなかった。(ii)
「待機児童という概念がなくなる」に最も近い発言として確認できたのは、「待機児童という定義自体がなくなる」という答弁であった。

 【2012年5月28日 衆議院・社会保障と税の一体改革に関する特別委員会】(1)

○池坊保子委員(公明党)
「さっき申し上げました、新システムにおける待機児童というのはどのような定義になるんですか。認定外保育や認定こども園の地方裁量型を利用している子供たちは待機児童に参入されるのですか、どうですか。」

 

○小宮山洋子国務大臣
「ですから、今回は、それぞれのニーズに合わせて、こういう形の保育が必要だということを申し出ていただいて、それを認定いたしますので、待機児童という定義自体がなくなるというふうに考えます。」

原報道がこの答弁を引用したのだとしても正確でない。(iii)
このあとで発言の「真意」について「自治体に申し込む制度そのものがなくなる。だから待機児という概念も消える」と報じられたが、後述のとおり、新制度のしくみや小宮山厚労相の他の答弁と矛盾し、事実誤認がある。

 

2.市町村は新システムの実施主体としての責務が明文化され、一定の場合は保育義務も課せられることになっていた

原報道は、小宮山厚労相が「待機児童という概念がなくなる」(正確には「待機児童という定義自体がなくなる」)と発言した「真意」と称して、匿名の厚労省担当者のコメントを引用する形で、新システムでは「自治体の保育義務がなくなる」と報じている。(iv)
たしかに、これまでは児童福祉法24条で「市町村は、…児童を保育所において保育しなければならない」と保育の実施義務が定められていたのに対し、新システムでは、この文言が削除され、保護者と施設・事業者が直接契約する制度に変更されることになっていた。(2)
しかし、新システム法案では、市町村が新システムの実施主体と位置づけられ、子ども・保護者に対する援助、便宜提供、支援提供体制の確保などの責務を課せられることになっていた(子ども子育て支援法案3条1項)。(3)
また、児童福祉法24条の改正で、保育の必要な児童に対しては保育を確保する措置を講じなければならないとされ、一定の場合(v)には市町村が「保育を行わなければならない」という保育義務の規定もあった(関係整備法案7条による新児童福祉法24条1項、4項)。(4)

小宮山厚労相も、「待機児童という定義自体がなくなる」との答弁に先立って、次のように答弁していた。

【2012年5月28日 衆議院・社会保障と税の一体改革に関する特別委員会】(5)

 

○小宮山洋子国務大臣
「委員がおっしゃいましたように、保育に欠ける子から保育が必要な子全てにということはずっと議論がございました。そういう中で、今回は、保育に欠ける子ではなくて必要な子にということで、児童福祉法の二十四条、また子ども・子育て支援法、この二つでしっかりと市町村に責務はかけております。…(中略)…あわせて、改正後の児童福祉法二十四条で、市町村は、保育を必要とする子供に対して、必要な保育を確保するための措置を講じなければならない、そのようにしています。

 

○池坊保子委員(公明党)
「それでは、保育の実施義務は現行どおり残しておいていただきたいと思います。市町村に実施義務を課す、これでよろしいですね。イエスかノーかでお答えください。」

 

○小宮山洋子国務大臣
これは義務という言葉を使っていないのですが、今申し上げたように、今までより以上にしっかりと、ニーズに対応する計画とそれに対する仕組みをつくること、そうしたことを責務としてかけていますので、欠ける子に義務をということから、必要な子に責務をかけたということで、どちらが重いとか軽いとかいうことではなくて、現状に合わせた形に変えられる。責務はしっかりかけたいと思っています。」

ところが、原報道は、新システム法案において市町村が新たな責務などを課される規定があるのに、単に「自治体の保育義務がなくなる」と報じ、市町村が保育に対して何ら義務・責務を負わない制度に変わるかのような誤解を与えた可能性が極めて高い。

 

3.保護者は市町村に対して保育の必要性の認定を受けるための申請を行い、入所希望を申し込むことになっていた

原報道は、匿名の厚労省担当者のコメントを引用する形で、「自治体に申し込む制度そのものがなくなる」と報じている。
しかし、新システム法案では、入所手続に先立って、市町村が保育の必要性の認定を行う制度が導入され、保育所等の利用希望者は、まず市町村に対して「申請」を行うことになっていた(子ども子育て支援法案20条)。(5)
保育需要が供給を上回っている地域では、その「申請」の際に、保護者が「入所希望先を申し込む」こととされ、従来と比べて手続面で大きな違いが出ない制度設計が予定されていた。(7)
また、市町村は、情報提供、契約のあっせん、利用の要請・措置など、保護者と保育施設の契約に関与することが制度の前提となっていた(子ども子育て支援法案43条)。(8)

▲政府法案における市町村による関与のしくみの説明。(9)

 

▲政府提出法案の説明会(2012年4月26日)での広報用資料には、市町村に入所希望先の申し込みを行うことが明記されている。(10)

ところが、原報道は、新システム法案において保護者が市町村に保育の必要性の認定を受けるための申請を行い、保育需要が供給を上回っている地域では入所希望の提出することになっていたのに、単に「自治体に申し込む制度そのものがなくなる」と報じ、市町村が保護者の申込や契約に関与しない制度に変わるかのような誤解を与えた可能性が極めて高い。

 

〔参考〕「待機児童数が把握しにくくなる」との見解について

原報道は、最後に、「待機児童数が把握しにくくなると、政府や自治体は責任をとらなくなるのでは」という伊藤周平教授のコメントを引用している。(iv)このコメントは、法案に対する評価もしくは将来の事実に関する見解に当たり、それ自体は事実誤認かどうかを問うことはできない。
しかし、「自治体の保育義務がなくなる」「自治体に申し込む制度がなくなる。だから待機児という概念が消える」という誤った事実認識とあいまって、合理的な根拠に基づいた評価・見解と誤信させた可能性が高い。

従来、保育の実施主体は市町村であり、保護者は保育の入所申込書を市町村に提出するしくみとなっていた(現行児童福祉法24条)。
そこで、統計上必要となる「待機児童」の定義も、市町村への入所申込を前提として定められていた。(11)
この制度では、入所申込を行っていることを前提として「待機児童」を把握していたため、保育所の利用をあきらめて入所申込をしないなどといった「潜在的な待機児童」を把握できないとの指摘もあった。
新システム法案では、保護者と施設・事業者との直接契約が原則となり、保護者が施設・事業者に入所申込を行う形に変更されることとなった(子ども・子育て支援法案34条、47条)。(12)
同時に、市町村が、入所申込に先立って、客観的な基準に従って保育の必要性を認定するしくみが導入されることになり、入所を希望する保護者はこの認定を受けるための申請を市町村に行うこととされていた(子ども・子育て支援法案20条)。

▲政府提出法案の骨子(2012年3月4日決定)には、「例外のない保育の保障の観点から、市町村が客観的基準に基づき、保育の必要性を認定する仕組み」を取り入れると明記されている。(13)

そのため、従来の「待機児童」の定義は、新制度のもとで変更を余儀なくされることになる。(vii)
しかし、市町村に対する申請や保育希望の申込といった手続が残る以上、「待機児童」という概念がなくなり、その存在を把握するしくみもなくなると評価できる合理的な理由はない。
小宮山厚労相も、現行制度では待機児童が正確に把握できていないとの認識を示したうえで、新制度では保育の必要性を認定するしくみを取り入れて、「しっかり把握する」と答弁していた。(viii)

【2012年5月28日 衆議院・社会保障と税の一体改革に関する特別委員会】(14)
○小宮山洋子国務大臣
今、保育所の定員にあきがなくて保育所の利用を諦めているケース、これは待機児童にカウントをされていません。それから、パートで働くケースの取り扱いが市町村でかなりばらつきがございます。そういう意味で、本当に保育を必要とする人の数が正確に把握できていない。そういうために、保育に欠けるという要件がどうかということも含めて、認定されないケースもあります。ですから、今回の新システムでは、保育の必要性を認定するという仕組みを入れまして、保育が必要な人は全て申し出ていただいて、その数をしっかりと把握する。

ところが、原報道は、こうした客観的に保育の必要性を認定する制度や申請のしくみがあることを報じないで、「保育を申し込む制度がなくなる」と事実を誤認させたうえで、「待機児童が把握しにくくなる」との見解を紹介していた。
このため、この見解が合理的であると読者に誤信させた可能性が高い。

 

conclusion

第一に、原報道が報じたように、小宮山厚労相が国会で「待機児童という概念はなくなる」と答弁した事実はなく、「待機児童という定義自体がなくなる」という発言しか確認されなかった。原報道がこれを引用したものだとしても、不正確な報道であったといえる。

第二に、新システム法案では、市町村の保育実施義務がなくなるかわりに、新たに市町村の保育計画等に対する責務や一定の場合の保育義務が定められていた。にもかかわらず、原報道では単に「自治体の保育義務がなくなる」と報じたため、市町村が保育に対して何ら義務・責務を負わなくなるかのような誤解を与えた可能性が極めて高い。

第三に、新システム法案では、市町村が保育の必要性を認定するしくみが導入され、保護者はその認定を受けるために、まず市町村に申請を行い、待機児童の発生地域では同時に入所希望先の申し込みも行うこととされていた。にもかかわらず、原報道では単に「自治体に申し込む制度そのものがなくなる」と報じたため、市町村が保護者の申込みや契約に関与するしくみがなくなるかのような誤解を与えた可能性が極めて高い。

原報道は、以上のような誤解を与えたうえで、「待機児童が把握しにくくなる」との見解を紹介しているため、この見解があたかも合理的であると誤信させた可能性が高い。
以上のとおり、原報道は、小宮山厚労相の答弁の引用、市町村の保育義務、市町村への申し込み制度について読者に誤った認識を与えた可能性が極めて高いことから、是正されるべき誤報と認定する。

 


notes
(i) 原報道の後、民主・自民・公明の3党合意により、政府提出法案の修正が図られている。今回の検証は、原報道が取り上げた政府原案に基づいて検証している。子ども子育て支援法案(提出時原案)子ども・子育て支援法及び総合こども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(提出時原案)参照。(ii) むしろ、第180回国会で「待機(児童)という概念がなくなる」という発言をしたのは、小宮山厚労相ではなく、野党質問者の方であった。

・2012年5月10日、衆議院・本会議における高橋千鶴子議員(日本共産党)の発言「新システムでは、市町村が保育のニーズを把握するといいますが、待機という概念がなくなるだけで、実態は変わりません。政府は、待機児童数を把握しますか。実態を把握し、その解決のために、必要な認可保育所をつくるべきです。明確にお答えください。」

・2012年5月28日、衆議院・社会保障と税の一体改革に関する特別委員会における石川三示議員(新党きづな)の発言「今回、新システムの中では、市町村の中に保育の実施義務がなくなります。保護者と保育所の直接契約になりますので、入所できないのは保護者の責任ということになり、待機児童という概念が多分なくなるんだろうというふうに思います。そういった中で、国として、今まではそういった調査があったりでつかむことができたと思うんですが、そういった待機児童という概念がなくなりますので、その辺も一つこれから課題になってくるのかなというふうに思います。」

・2012年6月12日、衆議院・社会保障と税の一体改革に関する特別委員会公聴会における高橋千鶴子議員(日本共産党)の発言「私たちは、保育実施義務が削除されたということは、待機児童という概念そのものがなくなってしまうのではないか、待機の実態が隠れてしまうのではないかと思います。」

(iii) 「定義自体」という言葉を「概念」という言葉に置き換えただけのようにみえるが、「待機児童解消を考える今国会」というフレーズに続けて「待機児童という概念がなくなる」という答弁があったと報じているため、あたかも、小宮山厚労相が「待機児童」という概念さえなくなれば待機児童が解消すると述べたかのような誤解を生じさせるおそれも高い。

(iv) 「自治体の保育義務がなくなる」という文言は、引用コメント内で括弧書きで挿入されおり、引用された者の発言ではなく、記者が補足した文言と考えられる。

(v) 市町村による勧奨や支援によっても保育を受けることが著しく困難なときには、市町村による入所の措置をとることとなっており、児童虐待など保護者が進んで利用しない場合が想定されているとみられる。

(vi) 記事で引用されている伊藤周平・鹿児島大学教授は、「日本の保育・子育てをよくするためのアピール 子どもの権利を侵害する新システムに反対します」の代表呼びかけ人の1人に名を連ねている。なお、当機構の問い合わせに対し、伊藤教授は、このようなコメントをしたこと自体は事実であることを認め、誤りとはいえないと主張した。

(vii) 小宮山厚労相の「待機児童という定義自体がなくなる」という発言も、「こういう形の保育が必要だということを申し出ていただいて」という客観的な保育の必要性を認定する制度への言及を受けてのものであり、制度変更により従来の定義が変更を余儀なくされるという文脈で解釈するのが自然であろう。

(viii) 2012年6月14日の参議院・内閣委員会でも、小宮山厚労相は次のように答弁している。東京新聞はこの発言を報道していない。

「今回の子ども・子育てに関する制度改革では、入所判定から独立した手続として、市町村は申請があった保護者に対して客観的な基準に基づいて保育の必要性の認定を行うことにしています。これによって、その潜在的な需要を含めて地域の保育需要を正確に把握することが可能になりまして、こども園や地域型保育事業といった保育の供給量との比較から正確な待機児童数を把握することが可能になります。」(国会議事録検索システム 180-参-内閣委員会-10号[142])

source

(1) 国会議事録検索システム 180-衆-社会保障と税の一体改革特別委員会-9号[024][025]

(2)2012年3月2日少子化社会対策会議決定「子ども・子育て新システムに関する基本制度」子ども・子育て新システムに関する基本制度等[内閣府・少子化対策]所収)

(3) 子ども・子育て支援法案(提出時原案)。なお、2012年6月26日衆院で可決された修正案では、変更されていない。

(4) 子ども・子育て支援法及び総合こども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(提出時原案)

(5) 国会議事録検索システム 180-衆-社会保障と税の一体改革特別委員会-9号[017][018][019]

(6) 脚注(3)参照

(7) 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課少子化対策企画室に対する聞き取り。

(8) 脚注(3)。なお、衆院で可決された修正案では、条文が微修正され、条文の位置が41条に修正されたが、内容的には変わっていない。

(9) 脚注(2)参照

(10) 2012年4月26日子ども・子育て新システム三法案説明会[内閣府・少子化対策]広報資料5

(11) 厚生労働省雇用均等・児童家庭局長「児童福祉法に基づく市町村保育計画等について」平成15年8月22日(雇児発第0822008号)

(12) 脚注(3)参照。なお、衆院で可決された修正案では、条文が微修正され、条文の位置が34条は33条に、47条は45条に修正されたが、内容的には変わっていない。

(13) 2012年3月2日少子化対策会議決定「子ども・子育て新システム法案骨子」<(子ども・子育て新システムに関する基本制度等[内閣府・少子化対策]<所収)

(14) 国会議事録検索システム 180-衆-社会保障と税の一体改革特別委員会-9号[023]

<初掲載>
2012/7/27 23:20