「無断引用」は誤用か、メディアの造語か

2014年4月3日

▼STAP論文をめぐる疑惑報道の中で「無断引用」という表現が使われている。引用は無断で行ってよいから間違った表現であるが、メディアが便宜的に使っている造語だという説もある。(楊井 人文)


STAP細胞論文に疑惑の目が向けられている。メディアの報道が熱を帯びる中、「無断引用」という表現が飛び交っている。結論からいえば、これは間違った表現だ。元来、「引用」は無断でできる。とりわけ学術論文で先行研究の引用は欠かせないが、すべて無断だ。だから「無断引用」なる表現自体がおかしい。こうした表現が流布すると、無断で引用することが不適切なこと、違法なことだと誤解する人が出てきかねない。

著作権法上、引用は許諾が不要であるが、他人の著作物であること(出所)を明示することが前提条件である。出所を示さなければ、本人の著作であるかのような外観となり、引用だと第三者に認知されない。これを故意に行った場合を、一般に「盗用」とか「剽窃」などという。

この件については、先月、毎日新聞校閲部が、ツイッター上で的確に指摘をしていたので「引用」しておこう。

■【毎日用語集から】「引用」は適切に (毎日新聞 2014/3/19)

誤用が最も多かったメディアは…

調べてみると、このSTAP騒動ですべての主要メディアが1度は「無断引用」という表現を誤用していた。最初は2月28日付共同通信で、「理化学研究所の研究者が英科学誌に発表した新たな万能細胞『STAP細胞』の論文で、05年に米科学誌に掲載された論文と酷似した記述があり、無断引用の疑いがあることが28日判明した」と報道。翌日、産経新聞大阪版と毎日新聞大阪版がこの共同原稿に「無断引用か」「無断引用の疑い」と見出しをつけて掲載した。

読売新聞2014年3月15日付朝刊1面

読売新聞2014年3月15日付朝刊1面(一部切り取り)

主要紙のうち「無断引用」という表現を使った記事(STAP関連、3月末まで)が最も多かったのは、読売新聞(9本、うち大阪版3本)。理化学研究所の中間報告を報じた3月15日付朝刊1面に「画像流用、無断引用を認定」という見出しを載せていた(もちろん、理研の中間報告書に「無断引用」なる表現はどこにもなかった。使われていたのは「盗用」)。後日、同紙に「無断引用」と書いた読者投稿も掲載されていた。次に多かったのは産経新聞(7本、うち大阪版4本)で、ベテラン記者が担当している1面コラムの「産経抄」(3月13日付)にも「他の論文からの無断引用や画像の使い回し・・・」という記述があった。

他方、少なかったのは、朝日新聞(2本、うち大阪版1本)、東京新聞(1本、識者コメントの引用の中)。毎日新聞も先に指摘した、共同通信の原稿をもとにした3月15日付大阪版の1本だけで、その後はさすがに校閲部が目を光らせているのであろう、ほかには全くみられない。

毎日新聞2014年3月1日付朝刊(大阪版)3面

毎日新聞2014年3月1日付朝刊(大阪版)3面

逸脱度に応じて使い分け?

『<盗作>の文学史』という本(栗原裕一郎・著、新曜社、2008年刊)のまえがきに、興味深い指摘がある。――「無断引用」なる表現はナンセンスだという議論はいつからか虚しく繰り返されているが、「マスコミとりわけ新聞は、いっこうにこの『無断引用』を放棄しようとしない」。・・・この言葉は「著作権法とは独立した、マスコミ独自の専門用語、ジャーゴンなのだ」――と。そして、次のような仮説を立てている。

新聞や雑誌は、「盗作」「盗用」「無断引用」「借用」「無断借用」といったジャーゴンを、適宜、読者には差がよくわからないかたちで使い分ける。たぶん、事件における「作家のモラル」の逸脱度を測る自社の(恣意的な)基準というのがあって、それに基づいているということなのだろう。「盗用」っていうほどじゃないけど、まあ「無断引用」くらいの線かなあ、という具合に。逆に、逸脱がいかにはなはだしいかを世論にアピールするべく強めの用語が選ばれることもあるようだ。うちの通常の基準だと「無断引用」だけど、いまの「作家のモラル」糾弾キャンペーン中だから五割増し(当社比)でカッコ付きの「“盗用”」にしとこうか、とか。
(栗原裕一郎著『<盗作>の文学史』新曜社、2008年刊、17頁より)

本当にそのような使い分けの内部基準があるかどうかは分からないが、「盗用」「剽窃」の犯罪的な印象を弱めるためにメディアが造り出した表現なのかもしれない。だが、「無断引用」という表現が一番多かった読売新聞は、同時に別のところで「盗用」という表現も使っていて、使い分けの基準があるようには見えなかった。場当たり的に使うだけなら、「無断引用」なる誤解を招く造語はなくすべきであろう。

※この記事は執筆者個人の見解であり、日本報道検証機構その他団体を代表するものではありません。

楊井 人文(やない ひとふみ)
日本報道検証機構代表理事。産経新聞記者を経て、弁護士。