「冷水に入るロシア正教の洗礼式」は誤報?

2014年2月6日

▼極寒のロシアで冷水に入る「洗礼式」が行われたと日本テレビが報道したが、いくつもの明らかな誤りがあった。ニコライ堂司祭にインタビューに行った。(楊井 人文)

ロシアのモスクワでは氷点下の寒さのもと、全身を水の中に沈めて清める『洗礼式』が行われています。『洗礼式』はロシア正教の宗教行事で、新年のこの時期に全身を三回、水の中に沈めると、無病息災で過ごせると信じられています。…」―― これは、1月19日放送された日本テレビのニュースのナレーション冒頭である。これは明らかな誤報だと、日本報道検証機構に情報を寄せてくれた人がいる。日本正教会(東京復活大聖堂教会)の司祭、クリメント北原史門さんだ。どこがどう間違いなのか。話をうかがいに行った。

問題のニュースは、「モスクワで”洗礼式”」という見出しがつけられ、1分未満の短い放送。反響がよかったのか、24日にも再び、「極寒のロシア ”冷水に飛び込む”習慣?」と銘打って約5分の長いバージョンが放送された。いずれも、日テレのニュースサイトにニュースの動画と記事が掲載されている(2月5日現在、閲覧・再生可能)。

極寒の中、水中へ! ロシア正教「洗礼式」(原題:モスクワで”洗礼式”) (日テレNEWS24 2014/1/19 8:31)

日テレNEWS24 2014年1月19日掲載

日テレNEWS24 2014年1月19日掲載

極寒のロシア ”冷水に飛び込む”習慣? (日テレNEWS24 2014/1/24 16:56)

北原さんは、ニュースサイトに掲載された19日放送分の記事の見出しを見た瞬間、すぐに誤報だとわかったという。まず「洗礼式」という表現。ニュースで映し出されたのは「神現祭」の「聖水式」であって、クリスチャン共同体に加わるための、いわゆる「洗礼」の儀式ではない。洗礼は全キリスト教で生涯に一度きりのものだが、このニュースを見て「正教では洗礼が繰り返し行われているのか」と誤解した人もいたという。

24日放送の長いバージョンのニュースには、「牧師」という表現が出てくるが、これはプロテスタントの用語で正教会では使わない(正教会での役職名は「司祭」で、「神父」と呼ばれる)。

しかも、「聖水」に浸かる行事はあくまで付随する習慣・行事であって、「聖水式」の本体行事ではないこと。冷水に浸かる行事が「ロシア正教」の行事であるような誤解を受けるが、ウクライナ、ブルガリア、ギリシアなど他の地域の正教会でも同様の習慣があること。「聖水式」は、ニュースが伝えたような「無病息災」が本当の目的ではなく、神とのつながりを回復すること(正教会の用語で「成聖」という)を意味していること。「ロシア正教」なるキリスト教派は存在せず、「東方正教会」という教派に連なり各国にある正教会が「ロシア正教会」「ウクライナ正教会」「日本正教会」と呼ばれること。・・・このように、ごく短いニュースの中に明らかな誤りがいくつもある。

北原さんは、ニコライ堂・正教会の司祭。普段はマスメディア対応・広報対応も担当しているといい、自信をもってこの報道が「誤報」と断言できると話す。北原さんは、メディアに宗教用語を精確に使うことを求めているわけではない。理解しやすくために専門的な用語を一般的な用語に置き換えることは、ある程度はやむを得ないと考えている。だが、少し調べればすぐわかるような初歩的な誤りや概念の混同で、誤った印象や宗教に対する偏見を生む場合もある。影響力の大きなマスメディアは、そうした誤りをできるだけ少なくする責任があるのではないかと指摘する。

特に、北原さんが絶対に避けてほしいと強調したのが「ミサ」という用語の誤り。「ミサ」はカトリック教会の儀式で、正教会の「聖体礼儀」とは全く異なるが、よく誤用されるという。最近も、毎日新聞が、ローマ法王(正しくは教皇)が5月にイスラエルを訪問し、東方正教会のコンスタンチノープル総主教も同行して、聖地エルサレムの教会で「合同でミサを行う」と報じた(1月6日付電子版)。だが、コンスタンチノープル総主教が、カトリック特有の「ミサ」を行うことはまずあり得ず、海外メディアもそのように報道していなかったという。北原さんの指摘を裏付けるように、この電子版記事は削除されており、6日付夕刊の記事では「合同でミサを行う」という表現は消えていた。

ちなみに、日テレの現地記者は、ニュースの中で、現地の人に交じって「3回ね!あ〜!冷たい!冷たい!」とバラエティ番組のコメディアンよろしくリアクション芸を披露している。24日放送の長いバージョンによると、この記者はロシアで寒中水泳にチャレンジしたが、あまりの水の冷たさにわずか数秒しか入ることができなかったため、「そのリベンジ、というわけではないが、山内記者は洗礼式の会場で、もう一度水の中に入ることにした」そうだ。このシーンについては、インタビューで北原さんがコメントしているので、動画をご覧いただきたい。

「聖水式」の解説 (日本正教会ホームページ)

主の洗礼祭(神現祭)の聖体礼儀に引き続き「大聖水式」を行う習慣があります。ハリストス(キリスト)が洗礼を受けたのは、水で清められるためではなく、水を聖にするためです。水はあらゆる物質に含まれるものなので、「この世」を象徴しています。つまり水を聖にすることは、「この世」を成聖することにつながります。聖水式を行うのは、ハリストス(キリスト)の成聖の業を「やり直している」のではなく、「拡張して現臨させている」のです。「大聖水式」は、ところによっては川や湖に出かけて行って行われることもあります。町の中の教会では、専用の大きな容器に水を汲んで、その水を聖にします。聖水は、一年間保管され「成聖」するために使用されます。すなわち、さまざまな物(138ぺージ参照)や、信徒にも振りかけられます。また各信徒は、聖水をビンなどに入れて家に持ち帰り、いろいろな機会(病気の時、旅行の時、また普段の食事の時などにも)に飲みます。信仰をもって聖水を飲む者、または注がれる者には、聖神の恵みが与えられます。聖神の恵みとは信徒として健全に生きる力です。

楊井 人文(やない ひとふみ)
日本報道検証機構代表理事。産経新聞記者を経て、弁護士。