「女性の頭に大量のトゲ」 落下したのはハリネズミ?

2014年1月25日

▼朝日新聞がブラジル現地報道をもとに「ハリネズミ刺さる?頭にハリ270本」と報じたが、「ヤマアラシでは?」との指摘もあり、朝日新聞に誤訳ではないかと照会。その結果、同社現地記者も疑問をもちながら記事を書いていたことが明らかになった。(楊井 人文)

「ヤマアラシの間違いでは?」の指摘をきっかけに

朝日新聞は1月19日付朝刊で、「ハリネズミ刺さる?頭にハリ270本」と見出しをつけ、ブラジルのリオデジャネイロで街を歩いていた女性の頭にハリネズミとみられる小動物が落ち、ハリが頭に刺さって病院に運ばれたと報じた。この報道に対し、「ハリネズミ」ではなく「ヤマアラシ」ではないかとの指摘があり、当初誤訳の疑いもあると考え、朝日新聞社に照会。同社は、現地メディアは「ハリネズミ」と断定的に報じたが、同紙の現地記者は「ハリネズミ」説に疑問を抱いていたことを明らかにした。

まず、朝日新聞が18日昼過ぎ、電子版「朝日新聞デジタル」で、「女性の頭にハリネズミ落下、270本刺さる リオ市街地」と見出しをつけ、同紙の駐ブラジル記者が現地のテレビ局グローボ(GLOBO)の報道を引用する形で第一報。この記事はネット上で大きな反響を呼んだ。この記事は、19日付朝刊の国際面にも、ほぼそのまま掲載された。

ところが、日本報道検証機構のスタッフが、ツイッター上で「ほぼ間違いなく誤報。落ちてきたのはハリネズミではなくヤマアラシ。」との指摘を捕捉。これをきっかけに調査を開始したところ、ハリネズミは南米に分布していないとされ、さらにブラジルのテレビ局グローボのニュースサイトで「ヤマアラシ」が落下して女性の頭にトゲが刺さってけがをしたと報じた記事が見つかったのだ。

女性の頭にハリネズミ落下、270本刺さる リオ市街地 (朝日新聞デジタル 2014/1/18 12:25)

朝日新聞デジタル2014年1月18日掲載

朝日新聞デジタル2014年1月18日掲載

ツイッター上で朝日新聞の報道への疑問を指摘した書込み

ツイッター上で朝日新聞の報道への疑問を指摘した書込み(一部加工しています)

「ヤマアラシ」と報じた現地報道を発見し、朝日に照会

当機構の調査で見つかったグローボの電子版記事には、見出しにも本文にも「ヤマアラシ」(Porco-espinho)と書かれており、「ハリネズミ」(Ouriço)とは書かれていなかった。(*) 記事には、女性に刺さったとみられる細長くとがった黄色のトゲの写真も掲載されていたが、ナショナルジオグラフィック社のサイトでハリネズミやヤマアラシの写真と見比べてみると、女性の頭に刺さったとみられるトゲは、ハリネズミのよりもヤマアラシの細い針毛に近いように見えた。

哺乳類に詳しい上野動物園の学芸員、井内さんにも取材。井内さんによると、ヤマアラシは南米にも分布しているが、ハリネズミは南米には分布していないという。井内さんも“事件”の報道は見たとした上で、「ハリネズミが輸入によって生息している可能性も否定できず、現物を見ていないので断定はできない」としつつ、「ヤマアラシの可能性が高いのでは」と話した。

以上の調査を踏まえ、当機構より朝日新聞社に、グローボの電子版記事に「ヤマアラシ」と書かれていること、ハリネズミは南米に生息していないことを指摘し、誤訳ではないかと照会した。ところが、その答えは我々にとって意外なものだった。

Porco-espinho cai de poste e fere cabeça de moradora da Gávea, no Rio(試訳:ヤマアラシが落下、リオ・ガベア住民の頭にけが) (GLOBO EXTRA 2013/1/16)

GLOBO電子版記事に掲載された、女性に刺さったとみられる棘の写真

GLOBO電子版記事に掲載された、女性に刺さったとみられるトゲの写真

ハリネズミ (NATIONAL GEOGRAPHIC)
→「ハリネズミはヨーロッパ、アジア、アフリカに15種が生息している。さらにニュージーランドなど本来の生息地でない地域にも持ち込まれた」とある。

ヤマアラシ (NATIONAL GEOGRAPHIC)
→南北アメリカのほか、アフリカ・ヨーロッパ・アジアに生息するとされ、「トゲは先端部が鋭く尖っており、表面は突起に覆われ、ほかの動物の皮膚に刺さると抜けにくい」と解説されている。

現地記者が「ハリネズミ」説に疑問を抱き、微修正

朝日新聞社は当機構の照会に対し、現地記者が引用したのはグローボの「G1」というサイトに掲載された記事で、その記事には「ハリネズミ」(ouriço)と記載。リオ動物園の生物学者の話として、「(被害に遭った)彼女はハリネズミ(ourico cacheiro)の犠牲になった可能性が最も高い。ヤマアラシ(porco espinho)にも似てるが、ヤマアラシはアフリカと北アメリカにしか生息しない」とのコメントも掲載されている、と回答。グローボは複数のメディアグループで、ニュースやスポーツ、娯楽など、扱う情報ごとにホームページがあり、当機構が「ヤマアラシ」と報じた記事はグローボが運営する「EXTRA」という別のサイトに掲載されていたものだと指摘した。

その上で、同社は、ハリネズミは南米には生息しないとされる点に現地記者も疑問に感じつつ、「ペットとして民家などに飼われていたものが逃げ出して繁殖した可能性」なども考えられることから、「ハリネズミとみられる小動物」という表現にして断定を避けたと説明。そのため、訂正の予定は一切ないと回答した。

同社の指摘どおり、グローボの「G1」サイトに掲載された記事には「ハリネズミ」と明記されていた。加えて、現地動物園の生物学者がハリネズミの可能性が高いとの見解を示したというから、その学者が針毛の現物を確認した上で見解を示したのであれば、この指摘は重い。我々は同社が誤訳と認める可能性もあると予想し、注意報の予定稿を用意していたが、同社の回答を受けて発表を見送ったのである。

‘Fico feliz porque salvei a vida dele’, diz mulher atingida por ouriço no Rio(試訳:「私は彼を救えてうれしい」とハリネズミに見舞われた女性) (GLOBO G1 2013/1/17)

朝日新聞2014年1月19日付朝刊7面

朝日新聞2014年1月19日付朝刊7面

「ヤマアラシ」説も併記してほしかった

ただ、時系列でみると、18日昼に掲載された朝日新聞デジタルの第一報は「ハリネズミとみられる小動物」ではなく「ハリネズミ」と断定的に記載。その後の19日付朝刊の記事には「ハリネズミとみられる小動物」に”微修正”され、見出しにも「?」が付け加えれていた。この経過からすると、現地記者は電子版記事の出稿後に「ハリネズミ」説への疑問が生じ、修正を加えたのではないか。実は、先行掲載された電子版記事に誤りのある可能性が判明し、紙面化の際に修正される(が、電子版記事が修正されないまま拡散する)ケースは少なくない。今回はその一例といえる。

第一報の後にハリネズミが南米に分布していないことに疑問をもち、「とみられる」を付け加えたのは、さすが、である。ただ、あえて注文をつければ、そうした疑問も記事に書き加え、「ヤマアラシ」説も併記してほしかった。そもそも、現地報道が伝えたリオ動物園の生物学者のコメントのうち「ヤマアラシはアフリカと北アメリカにしか生息しない」との指摘は、「野生のハリネズミは南米に生息していないが、ヤマアラシは生息している」との一般的な説と矛盾しており、怪しい。この生物学者は「ヤマアラシにも似ている」とも述べており、やはりヤマアラシだった可能性も否定できないように思われる。真相は藪の中。

朝日新聞社は、(一部他紙と異なり)毎回、当機構の照会に対し丁寧に回答していただける。この場を借りて感謝を申し上げたい。

(*) ハリネズミ(Ouriço)とヤマアラシ(Porco-espinho)のポルトガル語訳は「現代ポルトガル語辞典[改訂版]」(白水社)を参照した。

楊井 人文(やない ひとふみ)
日本報道検証機構代表理事。産経新聞記者を経て、弁護士。